東海道五十三次 (4/18) 箱根関所→片浜
東京の日本橋から旧東海道経由で京都の三条大橋を目指すウォーキングの4日目です。全行程のリンクと注意事項、アドバイスなどはこちらをご覧ください。
概要
- 活動日: 2023年11月25日
- 歩行距離: 30.5km
- 獲得標高: 🔺482m 🔻1209m
- 出発: 07:25 箱根関所
- 到着: 17:07 片浜駅
- 合計時間: 9時間41分
- 休憩時間: 1時間16分
- 旧街道足跡マップ: https://kaidotrail.github.io/tokaido.html
- ヤマップ活動記録: https://yamap.com/activities/28428321
記録
※暫定公開につき写真のみ。説明文などは執筆中です...
箱根宿 (10/53) 箱根関所 ▶︎ 箱根峠
![]() |
| 小田原駅から出る箱根町港行きの始発バスに乗って箱根関所に上ってきました。 |
![]() |
| 芦ノ湖の様子。手漕ぎボートがたくさん浮かんでいました。 |
![]() |
| 箱根関所の説明板。「入り鉄砲に出女」の取り調べ拠点として特に重要な役割を担いました。慶応元年 (1865年) の大規模修理の資料が発見されたことなどが手掛かりになり、平成19年 (2007年) に完全復元が実現しました。 |
![]() |
| 江戸方の入口である江戸御門に再訪。 |
![]() |
| 大番所の様子。役人が並んでいて通行人を検査する建物です。京方へ向かう女がいれば、即刻詳細な調査に回されることになるでしょう。右手前にある屋根のついた掲示板は御制札場。 |
![]() |
| 御制札場に掲げられた高札には関所通行の注意事項が記載されていました。笠や頭巾を取って通ることや、不審者は証文を持っていないなら通さないことなどが書かれているようです。 |
![]() |
| 京口御門を出て、街道歩きをスタートしました。 |
![]() |
| R1 を歩きながら箱根峠へと向かいます。 |
![]() |
| 交差点に箱根駅伝のモニュメントがありました。ここの交差点を右折した先が往路のゴール地点です。 |
![]() |
| R1 から脇道に逸れるところに道標が埋め込まれていました。 |
![]() |
| 脇道を少し進むと、箱根駒形神社がありました。毘沙門天と書かれた幟や看板もあります。 |
![]() |
| 犬塚明神と書かれた説明板がありました。宿場建設中に狼を退治させるのに連れてきた唐犬をここに祀ったそうです。 |
![]() |
| 駒形神社の創立はかなり古いものだそうです。 |
![]() |
| 駒形神社の社殿で道中の無事を祈願しました。 |
![]() |
| 車道が右にカーブし、これまで歩いてきた道の延長線上は細い道に変わりました。これが旧東海道の道筋のようです。 |
![]() |
| 芦ノ湖西岸歩道と書かれた案内板がありました。湖畔沿いのハイキングコースの案内で、旧東海道とはほぼ関係がなさそうです。 |
![]() |
| 舗装路はすぐに途切れ、その先は石畳の坂道になっていました。右手には石像が並んでいました。 |
![]() |
| 向坂を上っていきます。説明板には往時の杉並木や石畳が残っていて味わい深い坂であると記されている通り、素晴らしい雰囲気です。 |
![]() |
| 国道の下をくぐります。頭ぶつけそう・・・。 |
![]() |
| 国道を跨いだ先は赤石坂になりました。箱根峠へとひたすら上っていきます。 |
![]() |
| 釜石坂と書かれた説明板がありました。江戸時代から残る杉並木とのことです。 |
![]() |
| とても太い幹の杉に囲まれながら勾配を上っていきます。 |
![]() |
| 今度は風越坂。 |
![]() |
| 江戸時代に石畳が敷かれたのは坂道だけで、集落の中や平坦なところには敷かれなかったそうです。 |
![]() |
| 坂を上って車道に出ました。箱根旧街道の標柱と説明板が立っていました。 |
![]() |
| 国道1号の本線と、そのバイパス線でもある箱根新道との合流地点となる箱根峠 IC を歩いていると、102.4 と書かれた里程標らしきものがありました。おそらく日本橋から 102.4km ということでしょう。これから逆算すると 100km 地点は恩賜箱根公園あたりになりそうです。 |
![]() |
| 箱根新道終点と書かれた標識がありました。箱根新道はかつて有料道路でしたが、2011年に無料化されました。 |
![]() |
| 箱根峠交差点に到着しました。神奈川県から静岡県に入ります。 |
![]() |
| 標高 846m と書かれた標柱がありました。 |
![]() |
| 交差点を振り返ったところ。これまで歩いてきた神奈川県の標識が見えました。 |
![]() |
| 箱根旧街道と書かれた冠木門がありました。こちらをくぐって先に進むと、駐車場を回り込むように遊歩道が整備されていました。 |
箱根峠 ▶︎ 山中城跡
![]() |
| このまま旧街道沿いへ進もうとしたところ、迂回を案内する看板が立っていました。この先の旧街道沿いは令和元年 (2019年) 10月の台風19号の被害により通行止めのようです。訪問時点ですでに4年経過していることになります。 |
![]() |
| どんな感じなのかなと思って通行止め区間の入口まで歩いてみましたが、がっちりとバリケードが組まれていました。 |
![]() |
| ローム層の土で大変滑りやすい道なので石畳が整備されたそうです。歩けないのがとても残念です。 |
![]() |
| R1 で迂回しながら下っていきます。歩道が広く歩きやすかったです。 |
![]() |
| 通行止区間の反対側に到達しました。こちらも土嚢が積まれて完全に塞がれていました。 |
![]() |
| 接待茶屋に到着しました。前回東坂を上っている最中にも見かけましたが、その西坂版ということになります。人や馬に粥や飼葉、焚き火を無料で施したそうです。 |
![]() |
| 接待茶屋からは原道が伸びており、国指定史跡の石碑や案内板がありました。その左奥にあるのが一里塚のようです。 |
![]() |
| 江戸から26里 (約102.1km) の接待茶屋の一里塚に到着しました。山中新田の一里塚とも呼ばれています。 |
![]() |
| 塚の中腹に函南町が設置した石碑も設置されていました。 |
















































































































































































































