中山道六十九次 (16/16) 大津→三条大橋

東京の日本橋から旧中山道経由で京都の三条大橋を目指すウォーキングの16日目です。全行程のリンクと注意事項、アドバイスなどはこちらをご覧ください

概要

記録

大津宿 (中山道69/69・東海道53/53) ▶︎ 三条大橋

いよいよ最終日のスタートです。昨日歩いてきた旧街道を振り返ったところ。とても良い雰囲気です。

京阪の京津 (けいしん) 線の電車が旧街道の上をずんずんと通り過ぎていきます。4両編成の電車が道路上を走るのはなかなかの迫力です。横浜生まれの私にとっては、江ノ電の腰越界隈みたいでちょっと親近感を覚えます。

大津宿大塚本陣跡に到着しました。大津宿にあった2つの本陣のうちの1つです。明治天皇聖跡と書かれた大きな石碑がありました。

大津宿のもう1つの本陣、肥前屋九左衛門本陣跡は観光案内板があるのみでした。

京都を射程に捉えた感じがする道路標識。そしてこの先で国道1号と合流です。

さっきまでは道路上を走っていた京津線ですが、途中から普通の線路になり、道路を跨ぐところも踏切になっています。

左が歩いてきた旧街道、右が国道1号です。ここで合流し、逢坂を上っていきます。

逢坂を下ってきた京阪電車をズームレンズでパシャリ。

坂を登ってる途中に関蝉丸神社上社がありました。蝉丸神社自体は逢坂の頂上にある神社です。

逢坂を上っていきます。久しぶりの上り坂。でもあと少しです。

逢坂の頂上に到着しました。常夜燈と「逢坂山関址」と彫られた石碑がありました。

大津絵販売之地と書かれた石碑が建っていました。平成25年 (2013年) とも刻まれており、割と最近です。大津絵はこの地が発祥の仏画・世俗画で、旅人の土産物として人気だったそうです。

広重の東海道五十三次の大津宿の絵が飾られていました。茶店や牛車などが描かれています。

とても簡素な京阪電車の大谷駅の改札口。京阪電車で一番乗降客数が少ない駅なんだとか。山科方面の乗り場へは構内踏切を渡る必要があります。

「大津算盤の始祖・片岡庄兵衛の碑」と書かれた石碑がありました。算盤を生産していたそうです。石碑の裏には荷車用のレールとして使われた車石が置かれていました。

江戸から123里 (約483.1km) の走井一里塚跡に到着しました。小さな石碑が置かれています。

逢坂を降り切ると滋賀県と京都府の県境が旧街道と何度かくっついたり離れたりしますが、旧東海道を歩く限りは基本的にまだ滋賀県です。

髭茶屋追分に到着しました。東海道は右手方向で、左手は伏見を経由して奈良方面や大阪 (大坂) 方面に向かう奈良・京街道です。東海道57次で大阪を目指す場合はここでお別れです。東海道53次、中山道69次は右。

道標には「みぎハ京ミチ、ひだりハふしミミち、柳緑花紅」と書かれているそうです。実はレプリカで、オリジナルは安土城考古博物館にあるとのことです。

閑栖寺の入り口には道標らしきものと車石が展示されていました。

東海道と書かれた道標と、牛車用のレールに相当する車石が展示されています。

旧東海道ウォーカー向けにこの歩道橋を渡るよう案内されていました。

旧東海道は三条へ向かっていきますが、現在の国道1号はこの道路で五条に向かっていきます。

歩道橋を渡ったあとは少し直進したあと斜め右方向へ進みます。

車石の解説がありました。江戸時代は米などを坂道を超えて運搬するために牛車を使っていましたが、その通行をスムーズにするため車石が整備されていたことが記されています。

これまでも何箇所か滋賀県と京都府の県境の上を歩いたりしていましたが、ここでようやく 100% 京都府に突入です。

山科駅前にて、旧東海道の案内板がありました。旧三条街道とも言うそうです。この先に江戸から124里 (約487.0km) の御陵一里塚があったが、現存しないことも記されています。

旧街道の道端に五条別れ道標がありました。「右ハ 三条通」「左ハ 五条橋」などと書かれています。宝永4年 (1707年) に建てられたとのことです。

一旦現在の三条通に合流したあと、再び道幅の狭い旧道へ。親切に旧東海道の案内板がありました。

ここからいよいよ最後の坂道、日ノ岡峠です。細い道路の先が急坂になっています。

日ノ岡の峠道と書かれた案内板がありました。ここでも車石について詳しく解説していました。

米俵を積んだ荷車と車石を再現した車石広場に到着しました。ここで最後の一休み。

平成9年 (1997年) の地下鉄東西線の開業に伴って使わなくなった京津線の軌道跡を活用して道路整備を行った記念にこの牛車道を模した広場を作ったと書かれています。

日ノ岡峠を越え、道路標識でゴール地点の三条大橋を捉えました。左手は歴史ある蹴上浄水場です。

地下鉄の蹴上駅は隣の蹴上浄水場に雰囲気を合わせてかレンガ調になっていました。大津や逢坂で見かけた京阪電車もここに直通しています。

ついに三条大橋の交差点まできました!橋を渡れば完歩達成です。

三条大橋で鴨川を渡ります。水面が透き通っています。

三条大橋を渡り切りました!これにて中山道69次完歩達成!東海道中膝栗毛の弥次喜多像がお出迎えしてくれました。

三条大橋を振り返ったところ。欄干が美しいです。

橋の西詰には高札場があったそうです。


池田屋事件の池田屋の跡地は居酒屋になっていました。その名も「旅籠茶屋 池田屋」。

おまけ1: 祇園祭 山鉾巡行

中山道 (東海道) を歩き終えた後は、そのまま河原町通まで進み、祇園祭の山鉾巡行の見物をしました。せっかくなのでその様子もいくつか紹介したいと思います。

1番目の長刀鉾 (なぎなたぼこ) が到着しました。とても高さがあります。

ちょうど交差点が休憩地点で、じっくり見ることができました。

4番目、芦刈山 (あしかりやま) の様子。大小様々な山鉾が通過していきます。

9番目、鶏鉾 (にわとりぼこ) の様子。屋根上を含め、たくさんの人が乗っています。

京都市役所前に移動し、辻回しと呼ばれる方向転換も見物してみました。こちらは22番目、岩戸山 (いわとやま) の様子。一旦停止しています。

掛け声をかけながら複数回に分けて方向をずらしていく様子を見物できました。

23番目のラストを飾るのが船鉾 (ふなほこ) です。他の山鉾とは異なるユニークな形をしています。

船鉾の辻回しも見物できました。とても迫力がありました。

おまけ2: 伏見稲荷神社

祇園祭を見物したあとは、混雑しきっている京都の中心部を避けて観光することにしました。まずは伏見稲荷神社へ。中山道の道中でも何度か参拝した稲荷神社の言わずと知れた総本宮。

有名な千本鳥居もくぐってきました。

おまけ3: 清水寺

神社にお参りしたら次はお寺ということで、疲れているにも関わらず坂を上って清水寺にも訪問しました。

清水の舞台を通って奥の院から舞台を眺めたところ。少し曇っていましたが一瞬陽が少し差し込んだ瞬間をパシャリ。

おまけ4: 嵐山

最後に嵐山に訪れました。有名な渡月橋を渡り、振り返ったところ。夕暮れの光が雲の隙間から漏れて幻想的な雰囲気になりました。

嵐山の日帰り温泉施設「風風 (ふふ) の湯」で旅の疲れを癒し帰路に就きました。

ここまでご覧いただきありがとうございました!

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